はじめまして。学理舎の平野です。
以後お見知りおきを!
■「学理舎」ってどんな意味?
「理」とは宝石など貴重な石に自然についた模様、その模様をつくる細い線、筋目(すじめ)を指します。美しく磨きこまなければ「理」は出てこないと言われています。
転じて「ととのえる」「すじを分ける」という動詞として使われ、私たちがよく使う、「道理」「理由」というような<物事の区別・分別をするもの>という意味として使われるようになります。
「理」を「学」ぶことで、価値判断がつけられるようになり、物事をよりよくわかるようになれば、学校から社会に出て未知の問題に遭遇しても、それぞれに見合ったやり方で対処していけるのではないだろうかー。そんな願いを込めて、塾の名前にしております。
実際に「理」が身についてくると、おもしろいぐらいにあらゆる問題に対応できると、私は強く感じています。私自身、過去にいろいろな仕事を経験しましたが、それぞれの仕事の大切なことをいち早くつかむことができたようなので、他の人よりは「一人前」になるのが速かったようなのです。またその状況で、あとから入ってくる新人の指導役を任されることも多かった。ありがたいことに何人かは、「しっかり教えてもらえた」「仕事の組み立てがわかった」と言ってくれます。
■学理舎の理念:「たくましい知性と対話できる豊かな社会性」
知識はただ知っているだけでは意味がない。知識はただのネタだし、ネタはお笑い芸人のネタと同様、あっという間に消えてしまいます。知識は使ってこそ価値があります。知識量も確かにあった方がいいのですが、活用できるようだとさらにいいです。「いつでも・どこでも」使える知識―積み重ねていけば、その人自身の知性となります。学理舎では知識を知性にまで引き上げていければと願っています。
一方、われわれは社会の中で生きています。自分だけではなく他者が存在する社会。自分だけの能力向上を目指すのであれば、もしかすると自己満足になってしまうかもしれない。そんなとき自分を含む社会を豊かにするには、他者との対話が不可欠だと考えます。自分ではない他者と対話をすることで、違うものの見方・考え方に接することができ、より深く物事を、他者を、社会を理解できるようになると信じています。学理舎は、一見ただの個別指導塾ですが、「個」に陥らないように意識を払って、社会の中でどのようにふるまえるのかをささやかながら伝えてともに考えていきたいと思います。
■塾長・平野の略歴
短くまとめるとこんな感じです↓
○東京都渋谷区代々木出身
○小学校の時、一時的に千葉県安房郡富山町(現南房総市)で約2年の寮生活
○中学受験の末、千葉県私立市川中学校へ。中高一貫の学校だったのでそのまま私立市川高等学校に。かくして千葉県で学習する期間が計8年に。なお市川中学高校の教育方針は、「よく見れば」精神と言われていた。
○高校のときには、文学部志望だったのに理系クラスに在籍して、物理・化学・微分積分も一通り学んでいたりする。いまは高校課程から外れてしまっている、行列・線形変換もなぜか学習済み(年がバレるな…)。とはいえ点数はよくないままで、終始一貫成績はヒドく、偏差値も40台という優秀「じゃない」生徒だったため、当然のように浪人。
○実家から近い(徒歩30秒!!)という理由で、代々木ゼミナール本校(現在の本部校ではない)で浪人生活。このときに受講した先生方の影響が、塾稼業に向かう原動力となっている。
○北海道大学文学部に入学
○大学時代から塾講師・家庭教師を含むアルバイトを多数経験
○株式会社共立メンテナンスで正社員として勤務
○塾講師・家庭教師時代の実績
高校受験:札幌南・札幌西・札幌旭丘・札幌手稲・札幌藻岩・立命館慶祥・札幌第一・北海など、帯広柏葉・帯広三条など
大学受験:(国公立)信州・小樽商科・室蘭工業など、(私立)北星学園・札幌・北海商科・北海道文教・東洋など
○趣味は旅行と読書…といえばありがちだが、とてもフツウの旅行はしていない。国内は47都道府県は余裕で制覇していて、普通の旅行者がいかないようなところも数多く訪問。何をしているんだか…(このページの写真もどこで撮影したんだか…)そんなわけで、ヒマを見つけてはどこかへ飛んで行き、ナゾのお土産を抱えて戻ってきて、塾生たちを困惑させている。